ふたり

 

 

 田中と山田。今日は仲直りのしるしにふたりで映画を観に来た。さっそくなにやら揉めながら座席を探している。

 

「ポップコーンはうすしおに決まってます。水と砂糖を熱しただけの甘味料にお金を払うなんて邪道でしかない。」
「山田さん、それキャラメルっていいます。」
「知ってる。」
「山田さん、うすしおなんてつまらないです。つまらないのはあなたの名前だけにしてください。」
「っな!君の名前もたいがいだろう!僕の名前は全国苗字ランキング…」
「あっ!あそこですね、席。」

田中はぶつぶつと小言を言う山田の手を引いて、席に座らせた。


「いや、僕の苗字は全国苗字ランキング…」
「あ、もうすぐ予告始まりますね。」
ふんと山田はキャラメルポップコーンを口に投げ入れる。田中は思わず少し笑う。


 予告が始まった。なにやら最近話題の海外アニメが映画化されるらしい。
「僕、こないだこのアニメの実写版を吹き替えで観ました。めちゃくちゃ面白かったな〜。」
「なっ!なっ、、田中くん、ちょっと待ってくれ。君は今この世で一番恐ろしいことを言っている。」
きょとんとする田中を尻目に山田は続ける。
「まずね、アニメの実写版をその原作を観る前に観ちゃだめなんだ。それも吹き替えなんて…あまりにも邪道がすぎる。」
「そんなにだめですか。」
田中は眉をひそめた。


「僕は今、君がとても恐ろしい。」
「僕もあなたがすごく恐ろしいです。」
「なぜ君が僕を恐ろしいと思うんだ。」
「いや、山田さん、さっきからキャラメルポップコーンのキャラメルがいっぱいついたやつばっか食べているので。」
山田は我に返るように手を止める。


 予告の前にCMが流れた。なにやら社長さんが自社の高機能便器とやらをプレゼンしている。
「映画を観る直前に便器を見せるなんてどうなっているんだ。尿意しか催さないじゃないか。」
「山田さん、その発言が尿意を催します。」
「…すまない。」
「いえ。」
少し黙り込む田中と山田。


「てゆか、なんか、」

「なんだい。」

「いや、あのなんか、山田さんって映画中にトイレに行きたくなったらどうします?」
「映画中にトイレに行くなんてそんな邪道僕はしない。」
「なるほど。僕は行く派です。」
「すごいな君はさっきから。」
「なにがですか。」
「君は世界中の邪道を背負っているのかい。」
「世界中の邪道背負ってません。」
田中は苦笑しながら続けた。


「トイレ我慢したら映画に集中できなくなるじゃないですか。」
「田中くん、君はなにを言っているんだ。君がトイレに行っている間に主人公とヒロインが入れ替わったり、隕石が落ちたらどうするんだ。」
「そんなのタイミング見計らって行けば大丈夫じゃないですか。」
「映画のタイミングを見計るなんてそんなこと誰にもできない。もし見計れるとしたら、その映画はつまらないね。君の名前くらい。」
「っっなんなんですか!僕の苗字は全国苗字ランキング…」
田中はハッとなった。山田はにやりと笑った。


 田中はわざとらしく咳払いをして続けた。
「とにかく僕はトイレ行く派です。」
「ありえないね。」
「トイレ我慢しながら見たらもうその映画の感想『トイレ』でしかなくなりますからね。」
「ありえないね。」
「ありえますね。」
田中と山田はため息をつく。


「どうやら僕と君は一生分かり合えないみたいだ。いや、もはや一生分かり合えないから僕と君なのかもしれない。」
「そうですね。僕と山田さんが分かり合えた日にはきっと主人公とヒロインが入れ替わって、隕石が落ちますね。」


 そうこう揉めているうちに予告が終わった。照明は消え、辺りは真っ暗になった。青色の背景をした画面の中央に『東宝』という文字が映る。いよいよ映画が始まるようだ。
 すると、そのとき、おじさんがバタバタと一人駆け込んできて、ふたりの後ろの席にバタンと座った。
「ションベン行っといてよかったぁぁぁぁ。」
おじさんは言う。


 田中と山田は思わず顔を合わせる。
「なんか、僕は君とはずっとこういう仲でいたいかもしれない。」
「僕もです。」
映画が始まった。